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非化石価値取引市場の経緯

電気は、送電網に流れてしまうと「どの電源で作られたか」を物理的に見分けられません。太陽光の電気も石炭火力の電気も、同じ1kWhとして混ざるからです。しかし脱炭素を進めるには、「CO₂を出さない電源(再エネ・原子力など)で作られた」という価値を、電気そのものから切り離して評価・取引できるようにする必要があります。背景には制度上の要請もありました。国はエネルギー供給構造高度化法(高度化法)で、すべての小売電気事業者に「2030年度に売る電気の44%以上を非化石電源にする」ことを義務づけていますが、自前で再エネや原子力を持たない事業者には達成手段が足りません。そこで、この「CO₂を出さずに作られた」という価値を「非化石証書」として切り出し、市場で売買できるようにしたのが非化石価値取引市場です。本ページでは、創設から、企業(需要家)も直接買えるようにしたこと、証書に"どの再エネか"の情報(トラッキング)を付けたこと、そして「本当に脱炭素に効いているのか(追加性)」という海外基準との整合まで、時系列で整理します。

最終更新 2026-09 / 出典は各項目のリンク先(審議会・JEPX 等)

なぜ「非化石価値取引市場」が要るのか

課題
電気は「どの電源で作られたか」を見分けられない(太陽光も石炭も同じ1kWh)。国は小売に「非化石44%・2030年度」を義務づけたが、達成手段が乏しい。
→
仕組み
非化石証書=「CO₂を出さずに作られた」価値を、電気(kWh)から切り離して売買できるようにする。
→
使い道
小売=44%義務の達成/企業(需要家)=再エネ利用(RE100)の証明/発電=追加の収入。

環境価値を電気から切り出すことで、脱炭素の需要と供給をつなぐ市場が生まれた。

世界の中で見ると

電気そのものと環境価値を切り離して証書で取引する仕組みは、欧州の GO(発電源保証)、米国の REC、国際的な I-REC など各国にあります。日本の非化石証書もこれに相当します。違いは「追加性」やトラッキング(電源属性の付与)の扱いで、RE100 の国際基準(運転開始からの年数などの追加性要件)との整合が、日本では課題として議論されてきました。出典: 日経エネルギーNext / 自然エネルギー財団

2017 – 2018市場の誕生

なぜ「非化石証書」が生まれたのか

2016年に見直された高度化法は、すべての小売電気事業者に2030年度の非化石電源比率44%以上を義務づけました。しかし、自前で非化石電源を持たない事業者には達成手段が乏しく、また電気そのものからは「非化石で作られた価値」を取り出せません。

そこで、この環境価値を「非化石証書」として電気(kWh)から切り出し、市場で売買できるようにしました。証書は、①高度化法の比率算定に使える「非化石価値」、②CO₂排出係数がゼロとみなせる「ゼロエミ価値」、③需要家に再エネ由来を訴求できる「環境表示価値」を持ちます。当初の買い手は、高度化法の対象である小売電気事業者のみでした。

示唆脱炭素を、電気の「量(kWh)」ではなく「価値」の市場で進める最初の一歩でした。ただし当初は高度化法対応が主目的で、買い手も使い道も限られていました。
高度化法 エネルギー供給構造高度化法。小売電気事業者に、2030年度の非化石電源比率44%以上を求める。この達成を後押しするために市場が作られた。
2017
非化石価値取引市場の創設を決定

高度化法の非化石44%目標の達成を後押しする仕組みとして位置づけられた。

2018.05
初回オークションを実施——取引対象はFIT電源由来の証書に限定

当初はFIT非化石証書のみを扱った。FIT電源(固定価格買取)の非化石価値は、国民が払う再エネ賦課金で買い取られた分にあたるため、証書の売り手はFITの費用負担調整機関である低炭素投資促進機構(GIO)で、販売収入は賦課金の軽減に充てられる。買い手は高度化法の対象である小売電気事業者のみ。初回の約定量は516万kWh。

2018 – 2020低調な立ち上がりと非FITへの拡張

作ったものの、使いにくかった

立ち上がりの取引は当初の想定より低調でした。買えるのは小売事業者だけで需要家は直接参加できず、証書に「どの電源で作られたか」の属性情報(トラッキング)も無かったため、再エネ由来を証明したい企業(RE100など)には使いにくいものでした。

より本質的な課題もありました。当初扱われたFIT非化石証書は、再エネ賦課金で既に買い取られた電源の価値であり、その販売収入もFIT賦課金の軽減に回ります。つまり証書を買っても「新たな再エネを増やす」効果(追加性)は乏しい、という指摘です。

対象電源は徐々に広がり、2020年11月からは大型水力などの非FIT非化石証書の取引も始まりました。

示唆「小売電気事業者が高度化法の非化石44%義務を果たす」という当初の目的だけでは、需要家の再エネ利用は広がりにくく、①需要家が使えること、②電源を特定できること(トラッキング)、③追加性、が次の課題として浮かびました。なお環境価値の調達は、市場オークションが始まる前から相対(あいたい)取引が主流で、いまも証書取引の多く(とくに非FIT)は相対で行われ、市場オークションはその一部を担う——という構造は現在まで続いています。
FIT / 非FIT 非化石証書 FIT証書はFIT(固定価格買取)電源由来。FIT電源は再エネ賦課金(国民負担)で買い取られているため、証書の売り手はFITの費用負担調整機関「低炭素投資促進機構(GIO)」で、販売収入は賦課金の軽減に充てられる。非FIT証書は大型水力・原子力・卒FIT等のFIT対象外電源由来で、発電事業者自身が売り手。この「支援の有無・売り手の違い」が、後述の追加性の議論につながる。
2017–19年度
FIT証書の約定は小規模で推移(約516万 → 約4.4億kWh)

FIT非化石証書の年度約定量は、2017年度の約516万kWhから2019年度は約4.4億kWhへ。需要家に開放される2021年まで小さかった。

2020.11
非FIT非化石証書(大型水力・原子力等)の取引を開始

小売の高度化法対応で、2020年度の非FIT約定量は約186億kWhと当初から大きかった。当初は上限4.00円/kWh・下限なし、約定価格は再エネ指定なし1.10円・指定1.20円/kWh。

2021市場を分け、需要家に開放

「需要家が再エネを買える市場」へ

企業のRE100や脱炭素の目標が広がるなか、2021年に市場は2つに再編されました。

再エネ価値取引市場は、FIT非化石証書を取引し、売り手はGIO。需要家(企業など)も直接購入できるようになりました。参加しやすくするため、下限価格を1.30円/kWhから0.30円/kWhへ引き下げ(上限4.00円)。もう一方の高度化法義務達成市場は、非FIT非化石証書を扱い、買い手は小売電気事業者のみ、として高度化法の達成に用います(同年11月に価格帯を上限4.00円→1.30円・下限0.60円へ改定)。

示唆「小売電気事業者が高度化法の非化石44%義務を果たす」ことが中心だった市場が、「需要家(企業)が再エネ利用(RE100など)を示す」用途へと広がった転換点です。価格の引き下げで参加のハードルも下げました。
再エネ価値取引市場 / 高度化法義務達成市場 前者はFIT証書・需要家も参加可(RE100等)、後者は非FIT証書・小売のみ(高度化法達成用)。売り手のGIO=低炭素投資促進機構。
2021
「再エネ価値取引市場」と「高度化法義務達成市場」の2市場に再編

再エネ価値取引市場で需要家の直接購入を解禁。下限価格を0.30円/kWh(上限4.00円)へ改定。

2021 – 2024トラッキング整備と急拡大

「産地」を付けて、使えるものに

RE100などで使うには、証書に電源の種類・所在地・稼働年といった属性(トラッキング)が必要です。そこで、FIT非化石証書は2021年度から、非FIT非化石証書は2024年度から、全量トラッキングが整備されました。あわせて、新設のFIP電源について需要家との直接取引を認める方向など、使い勝手の改善が進みました。

これにより企業の需要が牽引し、約定量は桁違いに拡大していきます。

示唆トラッキングが整い、企業のサステナビリティ需要が市場を押し上げ、FIT証書は創設時の516万kWhから2025年度は約730億kWhへ広がりました。ただしトラッキングは自動ではありません——JEPXで証書を買っただけでは付かず、電源種・所在地を指定して申請する必要があり、割当量にも限りがあるため希望どおり付与されないこともあります(証書代金への追加費用はかかりません)。
トラッキング 証書に、由来する電源の種類・発電所の所在地・稼働年などの属性を紐づけること。RE100など国際的な調達の要件を満たすために重要。
2021年度
FIT非化石証書の全量トラッキングを開始

証書に電源種・所在地などの属性を付与。RE100適合に向けた前提が整った。

2023年度
再エネ価値取引市場の最低入札価格を0.40円/kWhに
2024年度
非FIT非化石証書も全量トラッキングを開始
2024–25年度
非FIT証書の直接取引対象を拡大(新設FIP電源等)

非FIT証書を発電事業者と需要家が直接取引できる対象に新設FIP電源等を加え、2025年度以降は営業運転開始時期の制約を撤廃した。

2021–25年度
FIT証書の約定量が急拡大

2021年度 約54億kWh → 2023年度 約338億kWh → 2025年度 約730億kWh。企業のサステナビリティ需要が牽引した。

約定量の推移(FIT・非FIT/年度別)

非化石価値取引市場の年度別 約定総量。FIT=再エネ価値取引市場、非FIT=高度化法義務達成市場。

0200400600800億kWh201720182019202020212022202320242025FIT(再エネ)非FIT

読み取り:FIT非化石証書は、創設時の約516万kWh(2017年度)から2025年度は約730億kWhへと桁違いに拡大し、市場を牽引しています(需要家に開放しトラッキングを整えた2021年度以降に加速)。非FIT証書(大型水力・原子力等)は、小売の高度化法対応で年ごとの振れが大きいのが特徴です。出典: JEPX 非化石価値取引 市場データ

下限・上限価格と約定単価(円/kWh)

年度再エネ価値取引市場(FIT)高度化法義務達成市場(非FIT)
下限上限約定単価下限上限約定単価
2018–191.304.001.30非FIT取引前
20201.304.001.30なし4.001.12
20210.304.000.310.601.300.60
20220.304.000.300.601.300.79
20230.404.000.400.601.300.60
20240.404.000.490.601.300.74
20250.404.000.410.601.301.24

約定単価は各年度の全入札回を約定量で加重平均した値(当サイト算出)。FITの上限4.00円は制度上の枠で、実際の約定はほぼ下限に張り付いています。非FITは2020年11月に取引を開始し(当初は下限の設定なし・上限4.00円)、2021年11月に下限0.60円・上限1.30円へ改められました。出典: JEPX 非化石価値取引 市場データ(約定情報より算出)

2023 –現在の論点(追加性・国際基準)

「本当に脱炭素に効いているか」という問い

市場が拡大する一方で、国際基準との整合が新たな課題になっています。焦点は追加性——証書を買うことが、新たな再エネの増加に実際につながっているか、という点です。当初取引されたFIT証書は、賦課金で既に支援された電源の価値でした。自然エネ財団は、こうした追加性の乏しい証書が、追加性のある再エネの価値まで押し下げかねない、と指摘しています。

国際イニシアチブのRE100は2023年に技術要件を改定し、発電設備の運転開始からの年数などで追加性を問う方向を示しました。日本の非化石証書は運転開始日の情報を持たず、古い水力なども含むため、この要件との整合が問われます。トラッキングを付けても、RE100の基準を満たす証書は流通全体の1〜2%程度にとどまり、市場は育っても国際基準で使える量は限られていました。

もう一つの論点が時間単位マッチング(アワリーマッチング)です。企業のScope2排出を測る国際基準「GHGプロトコル」の改定で、"いつ"再エネが供給されたかを問う考え方が検討され始めました。いまの非化石証書は年度単位で使え、時間の情報を持たないため、この考え方にそのままでは対応できません。国内制度での扱いは、まだ具体化していません。

論点いまの主な論点は三つです。①追加性(賦課金で支援済みのFIT証書に上乗せの効果があるか)、②時間単位マッチング(GHGプロトコル改定への対応)、③価格の見直し(2027年度からFIT下限の引き上げ・上限の撤廃)。
日本総研(RE100と非化石証書) / 自然エネ財団(Scope2改定案)
2023.03
RE100が技術要件を改定(追加性を問う方向)

購入する電力・証書を、運転開始から一定年数内の設備に限る案などが示された。運転開始日を持たない日本の証書との整合が課題に。

2025.10–
GHGプロトコル Scope2改定の意見募集(第1回)

マーケット基準の算定に「時間単位マッチング」や「供給地域の近さ(デリバラビリティ)」を組み込む案が論点に。意見募集は2026年1月末まで、最終基準の発行は2027年の予定。

2027年度〜
FIT証書の下限を引き上げ、上限は撤廃の方針

約定価格が下限に張り付きPPAの環境価値を押し下げているとして、FIT証書の下限を0.40→0.60円/kWhへ引き上げ非FITと同水準に。上限(4.00円)は第3フェーズ中に撤廃する方針が示された。

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